宮崎県警音楽隊楽長 井出茂郎さんのいい話

◇29年間の楽長生活に幕


県警音楽隊の定期演奏会が26日夜、宮崎市のメディキット県民文化センターであった。来月退職する井手茂郎楽長(61)が最後の指揮をして29年間の楽長生活に別れを告げた。アンコールでは、照明を落として「暗い港のブルース」(早川博二作曲)をトランペットで演奏。終わらない拍手に満面の笑みで応じ、照れくさそうに舞台袖に引っ込んだ。『これで本当に終わりなんだ』と身に染みました。あっという間でした」。笑顔の奥の目は真っ赤だった。
 
国立音楽大学を首席で卒業し、2年間パリのベルサイユ音楽院に留学した。
「一流の音楽家でありながら、県警音楽隊に骨を埋めてくれた」と周囲は評する。県警音楽隊と出会ったのは高校時代。ピアノの先生の父親が初代楽長の蛯原三好さんだった。
ある日、レッスンを終えて帰ろうとすると蛯原さんが引きとめ、 警察官の制服を着せた。楽隊のトランペット奏者が急病で、中学時代から吹奏楽部でトランペットを吹いていた井手少年が代役を頼まれたのだった。
県警察学校で練習し、泊まりがけで演奏会に同行した。隊員は白バイや交番の警察官だ。隊員たちが一生懸命に慣れない楽器を演奏する姿に引かれた。大学合格を蛯原さんに報告すると「卒業したらおれの後釜になれ」と冗談交じりに言われた。
数年後、蛯原さんは急死した。
「僕にとっての遺言になった」。
帰国後の79年に宮崎国体で県警音楽隊を指導したのがきっかけで3代目楽長に就任した。不思議な縁に導かれるようだった。

隊員は20〜50代の男女約25人。大半が楽器の未経験者だ。週に1日集まって練習する。井手楽長は各地の演奏会で「ホルン奏者は普段は白バイに乗って います。今日は宿直明けで寝ていないけど一生懸命演奏します」などと紹介してきた。客が隊員の顔を覚え、勤務先の交番まで個人的に演奏依頼にくることもある。「おまわりさんが怖くなくなった」「楽器ができるなんて驚いた」。訪問先で小 中学生にもらった手紙が励みだった。
井手楽長の公式演奏会は26日で1213回目。演奏会後、次々と握手を求める隊員の姿が、充実した29年間を物語っていた。

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