ひとり飲む,京都




3/4/2012

所用で何年か振りで京都にやって来た。
私が最初に就職したのは某百貨店の呉服売り場。今から43年前だ。
出張で何度か京都に来た。
夜長野を立ち、朝5時頃京都に着く。
そんな時間はどこも開いていない。
駅前の京都タワーの地下には風呂やサウナがあり、ここで9時頃まで時間をつぶしたものだ。
京に滞在1日目、昼飯はうわさに聞く「大黒屋」のねぎそばにしよう。
九条葱を使うねぎそばは1月下旬から3月上旬までと聞いた。
大正5年創業の老舗・大黒屋は紅殻色の壁が目立つ大きな店だ。


厨房に大釜がもうもうと湯気を上げている。
机の解説によると九条葱は、秋に種を蒔き、春まで苗床で育てた後仮植え。
夏に株を掘り起こして天日に当て、8月下旬に畑に本植えして冬に収穫する。
つまり、苗床〜仮植え〜本植え〜収穫と1年以上かかる。
浪速の原種を九条地区に移植し、夏暑く冬寒い京都の気候と京野菜の技術が育てた。
収穫期の厳寒がつくりだす厚い「ぬめり」の甘みとやわらかみが売りだ。
大黒屋のねぎそばは、葱専門農家の最も各上の「黒」とよばれる品を使うそうだ。

「おまちどうはん、熱いから気ぃつけとくれやす」
届いた小丼は熱々のそばに筒切り九条葱の白茎と青茎がお餅のような焼き麩をはさんでならび、堂々たる存在感だ。
まずしっとりとやわらかそうな青茎から。
「あちちち!」。
今度は慎重に・・・・。
葱の香りが移ったつゆが美味く、一滴残さずいただいた。
ご馳走さん。

午後の用は済んだが、まだ4時、飲むにはちと早いか。
夜の席はもう決めてある。
ホテルで休息し、目当ての四条河原町の「五十棲」(いそずみ)へタクシーで向かう。
雨が降ってきた。




四条河原町の交差点を少し上がった右の路地の中ほどに直ぐ見つけることが出来た。
6時開店と同時にドアを押した。
「ええっ!何じゃこれは」、もう客がわんさかといる。
「すんまへん、予約で一杯なんですよ」
さあどうしようと路地に出ると後ろから「お客さん、今キャンセルが入ったんでどうぞ」
おお!ラッキー。
それにしてもタイミングが良すぎる。
(後で解ったことだが、どうやら私は居酒屋評論家に見えたらしい)
通されたのは8席あるカウンターの真ん中。
ちょっと意識してしまう。
おでんとバリエーション豊富な串焼きで知られているようだが、店内で目を引くのはカウンターに並ぶ瑞々しい旬の野菜、なんでも店主の実家が農家で、畑からの獲れたてが運ばれてくるのだそうだ。
これぞ京野菜だ。

まずは「生」とおでんの三種盛り、そして串焼きのお任せを頼むとしよう。
ングングング・・・プハー! 美味い。
程よい大きさのジョッキも良く冷やされており、完璧だ。


焼き手を見ていると、ナスと唐辛子は一度油に通して焼いている。「ほほう」と感心していると熱々が目の前に運ばれた。ナス、唐辛子、かしわ、牛、・・・。
早速かぶりつくが、野菜が美味い!あの油通しが効いてるんだろうか、抜群に美味い。京野菜だからなのか、焼き方なのか、とにかくナスも唐辛子も美味い。
「生お代わり!」
カウンターの中には若いスタッフが5人、ホールに店長らしき年長者がいろいろと客に気遣いをしている。皆若くて活気に満ち、笑顔が絶えない。
皆楽しそうに飲んで食べている。にぎやかではあるがうるさくない。
いい店だ。
次はお奨めの酒だ。「楽」という地酒らしい。
ついでにこれもお奨めの「炙り〆鯖と菜の花のからし味噌和え」を注文。
〆鯖の炙りって初めての体験だ。
それよりも「菜の花のからし味噌和え」が美味い。春だ。


カウンター内の一人のスタッフが、随分と私に気を使ってるように見える。
「盛況ですね」
「有難うございます」
「普段は予約しないと入れないんですか」
「そんなことないんですが、今日はたまたま」


「お酒もう一杯お願いします」
「これで最後なんで全部行っちゃいます」
グラスからあふれて受けの升までなみなみと。
有り難い。
日曜日だというのにこの盛況、料理の充実や雰囲気でかなりの繁盛店とみた。
ほろ酔い気分で店を後に。
店長らしき一人が外まで出てきて見送ってくれた。
ご馳走さん。

(通りすがりの女性にシャッターを押してもらった)
まだ8時半、河原町交差点あたりは凄い人出、観光客というよりみな地元の人たちだろう。
卒業式後だろうか、7〜8人のミニスカートの女の子たちが楽しそうにおしゃべりしながら通り過ぎていく。
知らない街のいい光景だ。
さあて、もう一軒行こう。

居酒屋の後はバーがいいか。
私はゴンザレスのようにバーは詳しくない。苦手なのだ。
しかし今夜はちょっといい気分、勢いで行っちゃえ!
京都にはいいバーがたくさんあるという。
実は事前に調べておいたのだ。
「祇園サンボア」

「おいでやす」
「初めてですけどいいですか」
「どうぞ」
入口の隅に席をとる。
「ジントニックお願いします」
「かしこまりました」
私よりは若い50代半ばと思しきマスター。
バカの一つ覚えで、私のバーでの最初はド定番のジントニックなのだ。
「ジンは何にしましょうか」
「プリマスでお願いします」
ツイーッ! うまい。
さっきの日本酒の後味が一気に流されて、爽快だ。
お通しはポテサラ。
カウンターの奥に白髪の紳士が。
私が入っていくまではマスターと話が弾んでいたようだ。常連さんだ。
そしてここから事件?が。
間もなくドアが開いてなんと舞妓(芸子?)さんが一人で入ってきて紳士の向こう側に座った。
「何か軽いものおくれやす」
「小さいの? 長いの?」
マスターが指で示すのはグラスの大きさで、小さいのはアルコール度数の高いショートドリンク、長いのはソフトなロングドリンクだ。「長いの」で作った一杯は朱鷺色に緑のライムが沈んで、華やかな舞妓衣装に良く似合う。手で隠すように口へ。
「おいしいおす」
顔を見たいが紳士が邪魔で良く見えない。のぞき込むわけにはいかない。
呼んだ旦那は舞妓が来てもはしゃぐわけでもなく、隣に座ってくれていればいいんだと落ち着いたものだ。流石!
やがて二人は席を立ち、旦那が勘定している間に舞妓さんは帯の間から豆千住札をとりだした。
「さと龍どす、よろしうおたのもうします」
こんな私にだ。舞い上がってしまった。「どどどどうもです」。
私もここの常連と勘違いしたのか。
マスターに外まで送られて二人は出て行った。
戻ってきたマスターが言った。
「宮川町で評判の舞妓です」
「舞妓さんの飲んだのは何ですか」
はははと笑い、オレンジジュースとパイナップルジュースにパッションフルーツのリキュールをほんの少し、「酒といえば酒ですが」と言い足した。
美しい舞妓はんと一瞬だが対峙した。二度とないだろう。
もう一杯 「ホワイトレディお願いします」
酒と舞妓はんで酔っぱらった。
2,900円、安い!
やはり私にもマスターは外まで出て見送ってくれた。
夜風が気持ちいい。

BACK